第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
「……マナの?」
アレンは小さく頷いた。
「僕を、呼んでいたんです」
その声が、震える。
「でも、僕が近付いたら……また、あの姿になって……」
アレンは途中で言葉を止めた。
左手を握り締める指先が、白くなる。
「……師匠は、歩き続けろって言いました」
「うん」
「あれは……マナの言葉です。僕が、忘れちゃいけない言葉です」
彼の声は静かだった。
それでも、必死に自分へ言い聞かせているのが分かった。
「でも……」
小さな声が、崩れる。
「歩いたら……マナを置いていくみたいで……」
胸の奥が痛んだ。
私は、すぐには答えられなかった。
進みたいのに、進むことが裏切りに思えてしまう。
その感覚は、私にも分かる気がした。
母を失ったあと、師匠について歩き始めた時。
私も、母を失ったあの白い雪原へ、母だけを置き去りにしていくような気がして、何度も足が止まりそうになった。
「……私もね」
アレンが、ゆっくりこちらを見る。
「母を失ったあと、師匠について歩くのが怖かった」
私は窓の外へ視線を向けた。
雨粒が硝子を伝って落ちていく。
「歩いたら、お母さんを置いていくみたいだった。悲しくなくなったら、お母さんを忘れるみたいだった」
アレンは何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「でも……歩いても、消えなかったわ」
私は手首へ結んだ銀の髪飾りへ、そっと指を触れた。
「お母さんを失った痛みも。お母さんの声も。今も、ちゃんとここにある」
胸元へ手を添える。
「だから、アレンも……歩いていいの」
「……でも、僕は……」
「忘れるために歩くんじゃない」
私は、彼の言葉を遮るように静かに続けた。
「抱えたまま歩くのよ。辛くても、苦しくても……それでも、生きるなら」