第15章 【第十四話】言いかけた熱
「……また来たのか、お前」
低い声。
振り返ると、修練場の中央で木刀を肩に担いだ神田が立っていた。
私は小さく肩を竦める。
「身体が、鈍ってしまいそうだったから」
「怪我人が言う台詞じゃねぇな」
呆れた声。
けれど、追い返そうとはしない。
神田はそのまま木刀を構えた。
鋭い踏み込み。
空気を切る衣擦れと、硬い斬撃音。
私は壁際の石柱に寄りかかりながら、その動きを目で追った。
速い。
相変わらず無駄のない太刀筋。
けれど今日は、いつもより僅かに踏み込みが重い気がした。
先の任務の疲労が、まだ残っているのかもしれない。
神田は数度、空を斬るように打ち込むと、不意に手元の木刀をこちらへ放った。
「……っ」
私は反射的に左手を伸ばし、その柄を受け止める。
「神田?」
「見てるだけで強くなれんなら、誰も苦労しねぇ」
黒い瞳が、まっすぐ私を射抜く。
「片手でやれ」
あまりに神田らしい物言いに、思わず小さく笑った。
「相変わらず、無茶を言うのね」
「お前にだけは言われたくねぇ」
即答だった。
私は左手で木刀の柄を握り直す。
右腕は三角巾に固定されたまま、まだ使えない。
だから左だけで、ぎこちなく構えを作った。
重心が安定しない。
いつもなら身体が覚えているはずの感覚が、少し遠い。
それでも、一歩踏み込もうと床を蹴った瞬間だった。
――その反応すんなら、もうちょい俺のこと意識しろ。
あの声が、唐突に蘇る。
「っ……」
ほんの一瞬。
踏み込みが遅れた。
次の瞬間、神田の木刀が容赦なく私の防御を崩す。
乾いた音が、修練場に響いた。
「あ……」
手から離れた木刀が、床を滑っていく。
私は呆然と、自分の左手を見つめた。
完全に、上の空だった。