第14章 【第十三話】夜明けまで、この手を
「……お前さ」
掠れた声が、途中で止まった。
ラビは何かを言いかけたようだった。
けれど、その言葉を飲み込むように視線を逸らすと、誤魔化すみたいに小さく笑った。
「……心配しすぎさ。オレは別室行く。これ以上ここにいたら、本気でじじいに殺される」
軽口。
いつもの調子。
けれど、歩き出した背中はどこか迷うように遅かった。
私はその背中を見つめる。
どうしてか。
今、一人にしてはいけない気がした。
「ラビ」
呼び止める。
彼の足が止まった。
「……まだ、怖いの?」
その瞬間、空気が静かに止まった。
ラビは振り返らない。
けれど、包帯の巻かれた手だけが、小さく強張った。
私は続ける。
「あの時のこと、私もまだ少し怖いわ…..」
歪んだ空間。
冷たい触手。
身体を持ち上げられ、どこかへ連れ去られそうになった感覚。
全部、まだ身体の奥へ残っている。
「だから……眠るまで、少しだけ話していかない?」
誘うつもりなどなかった。
ただ、本当にそう思っただけだった。
長い沈黙。
やがて、ラビが小さく息を吐く。
「……お前、自覚ねぇのが一番タチ悪ぃ」
困ったような声。
けれど、その足はもう別室へ向かっていなかった。
病室は狭かった。
簡易ベッドが一つ。
壁際に小さな棚と、木製の椅子が一脚。
窓の外では、弱い雨がまた降り始めている。
ラビは扉の前で立ち止まったまま、しばらく動かなかった。
私はベッドへ腰を下ろし、包帯の巻かれた右腕をそっと抱える。
消毒液の匂い。
暖房の熱。
けれど、身体の奥へこびり付いた冷たさまでは、簡単には消えてくれなかった。