第14章 【第十三話】夜明けまで、この手を
「名前も、年齢も、家族のことも答えられません。問い掛けへの反応も極めて薄い。教団から提供されている検査器具にも、精神へ強い干渉を受けた痕跡が出ています」
医師はカルテへ視線を落とした。
「異常空間へ晒された影響でしょう。どれほどの時間、あの状態で留め置かれていたのかは分かりませんが……失われた記憶が戻るかどうかは、今の時点では何とも言えません」
私は静かに視線を伏せた。
命は助かった。
存在も、繋ぎ止められた。
それでも。
完全には、届かなかった。
もっと早く見つけられていたら。
もっと強く、私の歌が届いていたら。
そんな考えが、胸の奥へ沈んでいく。
その時だった。
不意に、頭へ温かな重みが落ちた。
「……考え込み過ぎさ」
低い声。
はっとして顔を上げる。
ラビの大きな手が、私の頭へ軽く触れていた。
いつもの軽薄な笑みではない。
火判の反動で掠れた声のまま、彼は静かに続ける。
「生きてんだろ、あいつ」
翠の瞳が、真っ直ぐこちらを見る。
「お前が繋いだんさ」
その声音には、不思議なくらい迷いがなかった。
私は一瞬、言葉を失う。
ラビは撫でていた手を離しかけて、けれど最後に一度だけ、慰めるように銀髪を優しく梳いた。
「……だから、そんな顔すんな」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
どうして、彼にそう言われるだけで、沈んでいた痛みが僅かに軽くなるのか。
自分でも、まだ分からなかった。