第13章 【第十二話】記録に残らない熱
「記憶が……」
言葉が、喉の奥で止まる。
存在はある。
命もある。
けれど、この子は自分が誰なのかすら分からない。
私は無意識に、少年を抱く腕へ力を込めた。
右腕の傷が痛んだ。
それでも、離すことはできなかった。
喉の奥でニルヴァーナが、かすかに軋む。
これ以上は届かないと、静かに告げるように。
救えた。
けれど、完全には戻せなかった。
その事実が、鈍い痛みとなって胸へ沈んだ。
「……ティファ」
すぐ傍から、ラビの声がした。
振り返る。
彼は私の隣へ膝をつき、少年の姿を見つめていた。
頬にはまだ煤が残っている。
呼吸も、完全には落ち着いていない。
けれど、その翠の瞳はもう静かだった。
少年と、私を交互に見つめ。
やがて、何かを呑み込むように目を伏せる。
「……助けた、のか」
私は少しだけ息を吸った。
雨の匂い。
血の匂い。
焼け焦げた火薬の残り香。
そのすべてを飲み込むようにして、答える。
「……生きてる」
ラビは、僅かに目を細めた。
「……ああ」
短く、それだけだった。
けれど、その声には、安堵と、割り切れない痛みが滲んでいた。
失われた記憶。
終われない死者たち。
誰かが作り上げた歪みの中へ、私を誘き寄せる餌として放り込まれた小さな命。
完全には救えなかった現実。
それでも。
この子は、生きている。