第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
飲み込むまで、急かさず待つ。
二口目を嫌がれば、舌打ちしながらも一度手を止める。
その光景を見て、私は初めて気付いた。
母を失ったばかりの私へ、師匠が冷たいパンとぬるいスープを差し出し続けたこと。
泣いて動けなくなった私を、手を引かずに待っていたこと。
あの人は、優しい言葉を知らないのではない。
優しい言葉だけでは、人は生き残れないと知っているのだ。
だから、食べさせる。
眠れなくても、傍にいる。
倒れても、立つまで待つ。
それが、師匠のやり方だった。
私はその日から、アレンの部屋へ運ぶ水や布を、黙って用意するようになった。
直接世話をするのは、師匠とマザーだった。
私はまだ、彼の痛みへ踏み込める立場ではなかった。
それでも、せめて彼が目を覚ました時に、水が切れていないように。
夜中に熱を出した時に、すぐ冷たい布を渡せるように。
できることだけを、静かに続けた。
アレンが私を見ることはほとんどなかった。
けれど、ある夜。
水差しを取り替えようと部屋へ入った時、彼の瞳が一度だけ、私の手元へ動いた。
小さな銀色の髪紐。
母の形見として、いつも手首へ結んでいたもの。
アレンはそれをじっと見つめた。
けれど、すぐにまた視線を伏せる。
何も言わなかった。
言える状態でもなかった。
それでも、その一瞬だけは、彼がこちら側へ戻ってきたように思えた。