第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
昼食を終えたあとの回廊は、冷え冷えとした静寂に包まれていた。
私は食堂を出て、自室へ戻ろうとしていた。
けれど、廊下の先には、飲み物を取りに行ったまま戻らなかったラビの背中が見える。
赤茶色の髪。
片手に持ったカップ。
窓から差し込む白い光の中で、その背中はひどく遠く感じられた。
声を掛けようか迷う。
昨日のことを。
食堂での言葉を。
アレンの問い掛けを。
何から話せばいいのか分からない。
それでも、このまま背中を見送ることだけはしたくなかった。
「ラビ――」
呼び掛けようとした、その時だった。
「ティファちゃん。ラビ。ちょっといいかな?」
軽やかな声が回廊へ響いた。
振り向くと、そこには書類の束を抱えたコムイさんが立っている。
いつもの穏やかな笑み。
けれど、その奥には僅かな緊張が混じっていた。
「今、ちょうど二人を探していたんだ。室長室まで来てくれるかな」
ラビが、私より先に振り返る。
「……オレと、ティファ?」
「ああ。二人に関係する話なんだ」
その言葉に、胸の奥が僅かにざわついた。
ラビの翠の瞳が、一瞬だけこちらへ向きかける。
けれど、目が合うより先に、彼は視線を逸らした。
「了解さ、コムイ」
声は軽い。
いつも通りに聞こえる。
それなのに、私の胸の中へ残っていた言葉は、行き場を失ったまま沈んでいった。
「……ええ。分かりました」
私も静かに頷く。
コムイさんは一度だけ、私たち二人を見比べた。
何かに気付いたのかもしれない。
けれど、彼は何も聞かなかった。
「じゃあ、行こうか」
コムイさんの後を追い、私たちは歩き出す。
すぐ隣にラビがいる。
それなのに、肩が触れそうな距離だけが、どうしても埋まらなかった。