第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
食堂は相変わらず賑やかだった。
科学班の笑い声。
食器の触れ合う音。
湯気の立つスープの匂い。
そして、喧騒の向こうから聞こえるラビの声。
聞かないようにしているのに、聞こえてしまう。
向かいへ座ったアレンが、少し心配そうに私を覗き込んだ。
「でも、本当に大丈夫ですか?」
「え?」
「やっぱり、少し顔色が悪いです」
「そんなことないわ」
「あります」
即答だった。
アレンは眉を寄せ、私の額へそっと手を伸ばす。
熱を確かめるような、昔から変わらない仕草。
「熱は……なさそうですね」
「子供扱いしないで」
「ティファが心配なんです」
真っ直ぐ言われ、返す言葉に困る。
アレンは少しだけ目を伏せると、フォークを持った手を止めた。
「ティファは、覚えていないかもしれないですけど」
「何を?」
「あの頃の僕、ティファがいなかったら、たぶん今ここにいません」
冗談ではない声だった。
私は息を止める。
「師匠のところへ来たばかりの頃、僕は何も信じられなくて……自分が生きていていいのかも、よく分からなかった」
アレンは少しだけ笑った。
けれど、その笑みはどこか寂しい。
「そんな時、ティファの歌を聞くと、眠れたんです。明日も起きていいと思えた」
胸の奥が、静かに揺れた。
あの頃。
傷付いた少年の傍で、自分にできることは歌うことだけだと思っていた。