第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
私は何も言えなかった。
ただ、小さく会釈をして、何事もなかったように注文カウンターの列へ向かう。
湯気の立つスープ鍋。
焼きたてのパンの香り。
団員たちの賑やかな声。
いつもと変わらない食堂のはずなのに、ひどく遠く感じる。
背中へ視線が刺さっている気がした。
けれど、振り返ることはできなかった。
「……ラビ?」
背後で、女性団員の不思議そうな声がする。
短い沈黙。
そのあとで、ラビの笑い声が聞こえた。
「あー、悪ぃ。ちょっとぼーっとしてたさ」
明るい声。
けれど、それはどこか、無理に元へ戻した響きに聞こえた。
「ティファ?」
不意に名前を呼ばれ、私は顔を上げる。
目の前に、トレーを持ったアレンが立っていた。
「どうしたんですか? さっきから列が進んでいるのに、全然動いていませんでしたよ」
言われて初めて、前の団員がもう料理を受け取って離れていることへ気付いた。
「あ……ごめんなさい」
慌てて一歩前へ進むと、アレンが少し困ったように笑う。
「ティファ、昔から考え込み始めると、周りが見えなくなりますよね」
その言葉に、私は目を瞬く。
「……そんなことあったかしら」
「ありましたよ。師匠のところでも」
アレンは懐かしそうに目を細めた。
「夜遅くまで一人で考え込んで、僕が声を掛けても気付かないことが何度もありました」
「アレンだって、人のこと言えないでしょ」