第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
私は息を止めた。
近い距離にある彼の表情が、あまりにも苦しそうで。
何を言えばいいのか、分からなくなる。
やがて。
ラビは、逃げるように私の手を離した。
触れられていた場所へ、冷たい空気が戻ってくる。
「……悪ぃ」
目を伏せたまま、短く呟く。
「今のは、忘れてくれ」
「忘れられるわけがないでしょう」
思わず答えると、ラビは困ったように笑った。
けれど、その笑みはひどく歪んでいた。
「じゃあ……見なかったことにしてくれればいいさ」
「どうして、そこまでして隠そうとするの?」
問い掛けても、ラビは答えなかった。
ただ、視線を逸らす。
「オレは、記録する側に戻らなきゃなんねぇんだ」
静かな声だった。
「それ以上は……今は、聞くな」
その言葉が、胸の奥へ重く沈んだ。
彼が何を隠しているのかは分からない。
どうして私へ近付くことを、ここまで拒むのかも。
けれど。
私の存在が、彼を苦しませている。
そのことだけは、嫌でも伝わってきた。
「……分かった」
ようやくそう答えると、ラビの瞳が一瞬だけ揺れた。
安堵したようにも。
傷付いたようにも見えた。
「今日はもう戻れ、ティファ。傷、また開くぞ」
いつもの軽さへ戻そうとする声。
けれど、もう以前と同じには聞こえない。
「……ラビも、休んで」
「オレは丈夫だから平気さ」
彼は片手を上げる。
それから、今度こそ背を向けた。
遠ざかっていく足音が、冷えた回廊へ静かに溶けていく。