第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
私は拳を僅かに握り締める。
「だから、離れようとしているの?」
「……離れなきゃなんねぇんだよ」
ラビが呟いた。
静かな声だった。
けれど、その奥には、押し殺しているものが滲んでいる。
「オレはブックマンだ。歴史を記録する側で、誰か一人に肩入れしていい人間じゃねぇ」
「それは……」
胸の奥が、痛んだ。
「私のことを、言っているの?」
一瞬。
ラビの翠の瞳が、揺れた。
けれど、答えは返ってこなかった。
沈黙だけが、冷えた回廊へ落ちる。
「ラビ」
もう一歩、距離を詰める。
「病院で私を助けてくれた時も、帰りの汽車の中でも……あなたは、何かを隠しているように見えたわ」
「……気のせいさ」
「気のせいなら、どうして今もそんな顔をしているの」
ラビの指先が、記録帳の端へ食い込んだ。
その仕草だけが、彼の笑顔とは噛み合っていなかった。
私は思わず、彼へ手を伸ばす。
ただ、確かめたかった。
本当に、私の考えすぎなのか。
それとも、彼の中に何かがあるのか。
けれど、その指先が袖へ触れる寸前。
ラビの手が、反射的に私の手首を掴んだ。
「……っ」
息が止まる。
強く引かれたわけではない。
壁へ押し付けられたわけでもない。
それでも、掴まれた手首から伝わる熱に、身体が動かなくなった。
ラビ自身も、掴んでしまったことに驚いたようだった。
翠の瞳が、私の手首へ落ちる。
その指先には、僅かな震えがあった。