第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
医務室で肩の処置を受け、任務報告を終えた頃には、教団の回廊はしんと冷え切った静寂に包まれていた。
窓の外では、白い雲が重たく垂れ込めている。
夕刻にはまだ早いはずなのに、石造りの廊下は薄暗く、壁へ取り付けられたランプの灯りだけが頼りなく揺れていた。
肩へ巻かれた包帯が、歩くたび僅かに擦れる。
このまま自室へ戻り、少しでも身体を休めるべきだとは分かっていた。
けれど。
廊下の先に見慣れた赤茶色の髪を見つけた瞬間、足が止まった。
ラビは一人で歩いている。
手には記録帳らしきものを抱え、こちらへ背を向けたまま、一定の速さで回廊を進んでいく。
今日、本部へ戻ってから。
彼は一度も、まともに私の目を見ていない。
汽車の中でも。
門を潜ってからも。
こちらへ声を掛けた時でさえ、視線だけはどこかへ逃がしていた。
そのことに気付いてしまったら、もう見なかったことにはできなかった。
「……ラビ、待って」
私の声に、彼の足がぴたりと止まる。
けれど、すぐには振り返らなかった。
数秒ほどの沈黙のあと、ようやくこちらへ向けられた顔には、見慣れた笑みが浮かんでいる。
軽くて。
人懐こくて。
何も気にしていないように見える、いつもの笑顔。
けれど、その瞳の奥だけは、少しも笑っていなかった。