第2章 【第一話】雪に残る歌
師匠は答えず、そのまま部屋へ入ってきた。
濡れた外套の裾から、冷たい雫が床へ落ちる。
マザーが編み物を置き、すぐに立ち上がった。
「クロス。お前さん、何を拾ってきたんだい」
「拾ったんじゃねぇ」
師匠の声は、いつも以上に低かった。
「……俺が見つけた時には、もうこうなってた」
マザーは少年の顔へ目を向ける。
その鋭い瞳が、僅かに細められた。
驚きも、過剰な同情もない。
けれど、その沈黙の奥に、容易には口にできないものを見たような重さがあった。
「寝床へ運びな。話はあとだよ」
師匠は黙ったまま、少年を抱えて廊下の奥へ向かった。
私は、その場から動けなかった。
少年の左手が、師匠の腕からだらりと垂れている。
異様な形をした、赤黒い腕。
それを見た瞬間、喉の奥に宿るニルヴァーナが、微かに熱を持った気がした。
何かを感じ取ったわけではない。
ただ、あの腕が、少年の受けた傷だけでは説明できないものを抱えているのだと、身体のどこかが警告していた。
胸の奥が、ざわりと揺れる。
理由は分からない。
それでも、その姿から目を逸らすことができなかった。
雪の中で母を失ったばかりの頃の自分よりも、ずっと深い場所へ沈んでいる。
そんな気がした。
「ティファ」
マザーの声に、はっと顔を上げる。
「湯と清潔な布を持ってきな。ぼさっとしてる場合じゃないよ」
「……はい」
私は慌てて頷き、台所へ駆けた。
何を失ったのかも。
なぜ、あんな腕をしているのかも。
どうして泣くことさえできないのかも。
この時の私は、何一つ知らなかった。
ただ、あの白い髪の少年が、壊れかけたまま師匠の腕の中にいた姿だけが、胸の奥へ焼きついて離れなかった。
少年の名が、アレンだと知るのは――その翌朝のことだった。