第9章 【第八話】記録者の選択
張り詰めた沈黙の中。
やがて、ラビの声が落ちた。
「……分かってるさ」
いつもの明るさなど、どこにもなかった。
「分かってんだよ、じじい……」
握り締められた拳が、月光の中で白く浮かぶ。
その手は。
今日、私が握った手だった。
怖がらないように。
隣を見るように。
そう伝えた手。
その手が今、何かを握り潰すみたいに、固く閉じられている。
「ならば忘れるな」
ブックマンの声は、変わらず静かだった。
「お前が残すべきは、あの娘の記録じゃ。お前自身の願いではない」
ラビの肩が、ほんの僅かに揺れた。
けれど、彼は何も答えなかった。
ブックマンはしばらくラビを見つめていた。
やがて、手にしていた古びた記録帳を閉じる。
乾いた紙の音が、静寂へ重く落ちた。
それ以上、その場に留まっていられなかった。
私は気付かれないよう、そっと踵を返す。
足音を殺して歩いているはずなのに、胸の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
喉の奥が、ひどく詰まった。
声を出せば、何かが零れてしまいそうだった。
書庫の空気は冷たいはずなのに。
胸の奥だけが、ひどく苦しかった。