第9章 【第八話】記録者の選択
「……ラビ?」
「いや」
短い返事。
「何でもねぇさ。夜更かしは美容の大敵だろ?」
ひらり、と手を振る。
いつもの仕草。
いつもの声音。
けれど、私の横を通り過ぎる直前、手袋を嵌めた彼の手が、僅かに握り締められた。
ほどけないものを。
どう扱えばいいのか分からないまま、押し込めるように。
私は振り返りかけて、やめた。
今、声を掛けても。
彼はきっと、笑って誤魔化す。
そんな気がした。
廊下の灯りが、彼の影を長く引き伸ばしている。
赤い髪が角を曲がって見えなくなったあとも。
胸の奥には、小さな違和感だけが残り続けていた。