第9章 【第八話】記録者の選択
その夜。
医務室から自室へ戻る途中、廊下の窓辺に立つラビの姿を見つけた。
夜の教団は静かだった。
石造りの廊下には、等間隔に置かれたランプの火だけが揺れ、窓の外には薄い雲に隠れかけた月が浮かんでいる。
ラビは片方の手袋を外したまま、自分の掌をぼんやりと見つめていた。
さっき、ティファが包み込んだ手。
雪原で、冷たい手袋越しに触れた時と同じ手。
彼はその掌を、何か確かめるように見下ろしていた。
「ラビ?」
名前を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げた。
次の瞬間には、いつもの笑みが浮かぶ。
「あぁ、ティファか」
「何してたの?」
「いや、別に。傷の具合見てただけさ」
そう言って、彼は手袋を嵌め直そうとする。
けれど、その動きは妙にぎこちなかった。
指先が一度、手袋の縁へ引っかかる。
まるで。
素手のままでは、隠しきれない何かがあるみたいに。
「……本当に?」
問い掛けると、ラビは肩を竦めた。
「平気平気。オレ、丈夫なのが取り柄だし」
「肩の傷は、まだ治りきっていないでしょ?」
「ティファの左腕よりは軽いさ」
「比べるものじゃないわ」
「はは。怒られた」
軽い声。
けれど、彼の視線は一瞬だけ、私の手へ落ちた。
今日、彼の指を包み込んだ手。
隣にいたいと伝えた時、握り返された手。
ラビは何かを言いかけて、口を閉ざす。