第9章 【第八話】記録者の選択
「ねぇ、ラビ。林檎なら、自分で剥けるわ」
医務室の寝台へ腰掛けたまま告げると、椅子に座っていたラビが、小さく肩を竦めた。
「駄目さ。ティファ、まだ左腕に力入れにくいだろ?」
「少しくらいなら平気よ」
「その“平気”が信用ならねぇって、汽車の中でも言ったろ?」
困ったように笑いながら、彼は果物ナイフを動かしていく。
長く繋がった赤い皮が、膝の上の皿へ静かに落ちる。
雪原で傷を負ったのは、彼も同じだった。
私を庇って受けた肩口の傷。
包帯はもう薄くなっていたけれど、腕を動かすたびに、ほんの僅かに動きが鈍ることを私は知っていた。
それなのに。
彼は私の分の林檎を剥き、食事を運び、廊下を歩く時にはさりげなく私の左側へ立つ。
「ほら」
ラビが林檎を一切れ、私の口元へ差し出した。
「口開けて」
「……子供じゃないのよ」
「知ってる。でも、今くらい世話焼かせろって」
軽い声音。
いつもの笑み。
けれど、差し出された指先は、どこか硬かった。
私は林檎へ口を付ける代わりに、そっと彼の手へ触れた。
ラビの指が、僅かに震える。
本当に、ほんの微かな揺れ。
けれど、見間違えるほど小さくはなかった。
雪原で負った傷の痛みではない。
あの日。
霧の中で、私の存在が薄れかけた時から。
そして、雪原で再び私が傷を負った時から。
彼の中には、まだ消えないものが残っている。