第2章 【第一話】雪に残る歌
「飲め。休んだらもう一度だ」
「……どうして……」
耐えきれず、問いかけた夜があった。
「どうして、私がこんなことしなきゃいけないの……」
師匠は焚き火の向こうで煙草を咥えたまま、暫く黙っていた。
炎が揺れ、その横顔を赤く照らす。
やがて、低い声が返ってくる。
「お前がセトラだからだ」
「……セトラって、何なの」
「死に触れ、魂を導く血だ」
師匠の瞳が、真っ直ぐこちらを見る。
「お前の歌は、死者の魂を送る。AKUMAに囚われた魂を浄化する。そして、あの日、お前の母親が伯爵の玩具にされる前に救えたのも、その力だ」
喉の奥が、冷たくなる。
「……玩具……?」
「死者の魂を呼び戻し、AKUMAの材料にする奴がいる」
母の灰。
最後に光となって昇っていった魂。
もし、私が歌わなかったら。
母まで、あの異形の中で泣いていた少女のように、何かに縛られていたのだろうか。
「……じゃあ、私が歌ったから……お母さんは……」
「誰にも利用されずに済んだ」
師匠の声は淡々としていた。
優しい言い方ではない。
けれど、その言葉だけが、ずっと凍りついていた胸の奥へ届いた。
私は、母を消してしまったのではなかった。
身体を救うことはできなかった。
それでも、母の魂だけは守れた。
「……お母さん……」
涙が、一筋だけ頬を伝う。
師匠は慰めなかった。
ただ煙草の灰を落とし、立ち上がる。
「泣くのは勝手だが、明日も訓練はやるぞ」
私は涙を拭いながら、小さく頷いた。
怖さが消えたわけではない。
歌うたびに、母の最後を思い出す。
それでも。
この力が母を守ったのなら。
誰かを同じ苦しみから解放できるのなら。
もう、ただ怯えているだけではいたくなかった。