第2章 【第一話】雪に残る歌
「お前の喉に宿ってるのは、ただの歌じゃねぇ」
師匠は私の前へ立ち、低く告げた。
「寄生型イノセンス――『ニルヴァーナ』だ」
「……イノセンス……?」
初めて聞く言葉だった。
師匠は煙草を取り出しながら、淡々と続ける。
「神の結晶だの、対AKUMA兵器だの、教団の連中は好き勝手に呼ぶ。だが、お前が覚えときゃいいのは一つだ」
火が灯る。
薄い煙が、冷たい空気へ流れていく。
「そいつは、お前が生き残った理由で、これから死ぬかもしれねぇ理由だ」
胸の奥が冷たくなる。
「……私、戦わなきゃいけないの?」
「嫌なら逃げろ」
師匠は即答した。
「逃げ切れると思うならな」
母の顔が浮かぶ。
何かから逃げるように、私の手を引いていた母。
それでも最後には、AKUMAに見つかり、殺された。
「……お母さんは……私がこれを持ってたから……?」
問いかけると、師匠は暫く黙った。
その沈黙だけで、答えの一部を知ってしまった気がした。
「詳しいことが知りたきゃ、生きろ」
師匠は背を向ける。
「明日から鍛える。歌も、身体も、心もだ」
「……私に、できるの……?」
足が震えた。
師匠は振り返らない。
「できるかじゃねぇ。生きたきゃ、やれ」
その日から、私の日々は変わった。
夜明け前に叩き起こされ、呼吸の仕方を覚えさせられる。
喉の奥へ集まる熱を、逃がさず、暴走させず、歌へ乗せる方法。
声を光へ変える感覚。
魂を送るための、柔らかな旋律。
AKUMAを浄化するための、鋭い響き。
少しでも感情に呑まれれば、歌は乱れた。
白銀の光は制御を離れ、私自身の喉を焼く。
声が枯れても、訓練は終わらない。
喉から血の味がして、もう歌えないと膝をついた時、師匠は水の入った容器を投げて寄越した。