第6章 天下の及川さんでも本命の前ではこうなっちゃうよねって話
その男は全世界の女子を手玉に取る才能があるんじゃないかと勘違いするほど女の子の扱いが上手かった。
分け隔てなく愛を注いで紳士で策士。加えて自分がどう見られてどう振る舞えばいいかを完璧に熟知している風貌だった。
スタイル抜群、顔面偏差値東大レベル。強豪校の主将兼カリスマが服着てるようなこの男が校内を練り歩けば、控えめに言って死人が出る。
そんな人と3年になって初めて同じクラスになった春のことを私はよく覚えている。
教室の外、廊下に群がる黄色い声と目からピンクのビームが出ている女子の行列。
ああ、柵の向こうから常に多くの視線が集まる動物園の猿って、きっとこう言う気持ちなんだろうなと思った。
「お前さ、追試受けるほど頭悪くなかったよね。なんでいるの」
「そっちこそ」
「俺は試合で受けれなかっただけ」
「あー、試合。……へー。私は風邪で休んでたの」
教室の中央。私の隣の隣の席、数十分前にはすでに回答用紙を裏返した及川が、私が書き終えるタイミングで言葉を投げた。
テスト用紙を配った先生は50分後に戻ってくると残して早々に出て行ってしまった。
ただでさえ朝から暗記に追われた頭はキャパオーバーなのに、よりにもよってなんでこの男としかも2人きりなのよ。
教室の扉を開けて及川と目が合った時、公式も読解力も冷静さも遥か彼方に飛んでいく音が聞こえて、追試の追試を受けてる未来が見えたのは言うまでもない。
「誰かさんのせいで全然解けなかった」
「なに?なんか言った?」
「いえ、独り言だからお気になさらず」
「ふーん」
お腹の空気だけを吐き出すつもりが、思ってる言葉まで一緒に出てきて心臓が跳ねそうになった。及川を見れば眉間に皺までは寄せてないけど、明らか怪訝そうな顔でこっちを見てる。
と、思った次の瞬間露骨に視線を逸らして私の視界にはその端正な横顔しか見えなくなった。
及川徹と言う男は、紳士で策士で女子の扱いが上手でみんなに分け隔てなく愛を注ぐ。同じクラスになるまで寸分違わずその通りの人物像を描いていたし、今でも現役で完璧な王子様だ。
私以外には。