第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
『……ダメ……ッ! マデ……ワタシの、そばカラ……イナクナッタラ……!』
姑獲鳥が、私に向かって腕を伸ばした。
その指先が、私に届く寸前で震えている。
『……おねがい…………ワタシの、そばニ……イテ……』
お母さんも怖かったんだ。
大切な人を、また失ってしまうことが。
「……私、ずっと怖かった……でも、もう声を我慢したくないの……ちゃんと自分の声で伝えたい人がいるから」
私はぎゅっと拳を握りしめ、姑獲鳥の瞳をまっすぐに見つめた。
「お願い。私のことを信じて……お母さん」
『…………』
姑獲鳥は、私へ伸ばしていた手をゆっくりと下ろした。
その瞳の奥に渦巻いていたどす黒い狂気が、波が引くように消えていく。
崩れていた黒い羽が、光の粒となって宙へ舞い上がった。
異形だった顔の輪郭が緩み、青白い肌から呪いの色が抜け落ちていく。
そこに現れたのは、夢の中で私を抱きしめてくれていた、あの女性の姿だった。
「……ごめんね、」
もう、呪霊の唸り声じゃなかった。
記憶の奥に残っていた、穏やかで優しい声だった。
「私は……あなたから、大事なものを長い間奪ってしまっていた。守るつもりで、いちばん苦しめていたのね……。ほんとうに、母親失格ね……」
お母さんは今にも消えそうな声で、悲しそうに笑った。
私は、すぐには首を横に振れなかった。
「お母さんのやり方は間違ってた。だけど、私を守りたかったんだってことは、わかったよ」
眠れずに泣いていた夜、あの大きな翼が私を包み、冷たい腕が何度も背中を撫でてくれたことがあった。
歪んでいたとしても、そこには私を想う気持ちがあったんだと、今ならわかる。
「お母さんにとって私が大事だったように、私にも、失いたくない人たちができたの」
声が出せなくても。
恵くんやみんなと笑い合って過ごした毎日は、私にとってかけがえのない宝物だ。
そして、その中で見つけた、誰よりも大切な気持ち。
お母さんにも、ちゃんと知ってほしい。