第7章 序曲(オーヴァチュア)
屋敷での規律正しい生活は、否応もなく動いていく。気がつけば、ニナはいつも通りの朝の中にいた。
食卓の銀器を磨き、暖炉の灰を片付ける。
「ニナ姉ちゃん、お腹すいた」
「あらキルア、おはよー。すぐ支度するわね」
「うん。俺、牛乳よりオレンジジュースがいい」
「ダメよキルア。牛乳も飲まなきゃ」
「僕、牛乳飲める」
「まあ、偉いわね! カルト」
この屋敷での日々は、以前と同じ穏やかさを取り戻していた。
控えめではあるけれど、ここは「自分の居場所」だと思える。
そんな安らかな空気に包まれ、ニナはざらつく余韻を追いかけるのをやめた。
朝は、いつも同じ音で始まる。
まだ火の入っていない暖炉の前を通り、桶に水を汲む。
磨いたばかりの銀器は、いつも同じ場所に同じ角度で並ぶ。
曇りひとつないそこに映る自分の顔だけが、どこか他人のように見えた。
呼ばれれば返事をし言われたことをこなす。間違えないように、遅れないように、目立たないように。
それだけで、一日は静かに終わっていく。
昨日と同じように。
今日も、同じように。
気がつけば、いくつか夜を越えていた。
その日も終わろうという頃、執事に声を掛けられる。
「ニナ様、キキョウ様がお呼びです」
ゆるく編んだ栗色の髪を解こうとしていたニナの指が止まった。
(……何か、失敗したかしら)
髪を整えて、鏡に映る自分にそっと表情を合わせる。
余計な感情が残っていないかを確かめてから、ニナは立ち上がった。