第5章 不協の兆し
ニナは頭を下げるのも忘れて、廊下に駆け出した。大理石の冷たい回廊をドレスを乱しながら、駆ける。
向かう先は、キキョウ夫人のいる部屋だった。
扉を開け放つ。
「奥様! わたし……どうすればっ……イルミさんが、イルミさんが!」
静かに振り返るキキョウ夫人にニナは足を止めることもなく駆け寄った。
「はしたない!」
夫人は厳しく言い放ち、そのままニナの頭を胸元へと押し寄せた。
「落ち着きなさい、ニナ。顔色が悪いわ」
その細い腕は、まるで鉄の枷のようだった。
抱き寄せられたまま、身動きが取れない。
淡い香油の香りが、鼻先をかすめる。
ようやく、ニナは息を吸うことを思い出す。
キキョウはニナを抱き寄せたまま、静かに口を開く。
「ニナ、いいこと。あの子は音楽の他は何もわからない。貴女がしっかりしないでどうするの?」
「私が……」
「そうよ。家を生かすも殺すも、女の務め次第なの」
「……え?」
胸の奥が、わずかに打つ。