第5章 不協の兆し
イルミの後をついて書斎に入ると、机の上には書き散らされた紙の束が無造作に積まれていた。
インクの滲んだ紙、走り書きの音符、幾重にも引かれた矢印と書き直し。
黒く塗り潰されたページを見て、ニナは無意識に息を浅くした。
「見ての通り、書き散らかってる。これを正しい順に並べ直して、まとめて綴じて欲しい」
ニナの視線が、紙の山の上で止まる。
「急いでいる。午後には麓へ下る馬車が出る。それに持たせたい」
イルミはそう言いながら、紙の山を作業台にどさりと置いた。
いくつかが滑り落ち、床に散らばる。
「……あの、これから、朝の家事を済ませて、お昼前には洗濯を……」
言いかけた言葉を遮るように、淡々と返される。
「十数枚程度だから大して時間はかからない。猫の手も借りたい状況でさ。修正の矢印や書き加えを追いかけて、完成形に近い順に並べてくれればいい」
それだけ言うと、イルミはすでに机へ向き直り、書き物を始めていた。
ニナは小さく息を飲み込み、散らばった紙を拾い上げる。
作業台に広げてみると、惨状は更にひどかった。
同じ旋律の微妙に異なる修正版が何枚も混ざり、ページ番号のない紙や、まだインクの乾いていないものまである。
ニナは思わず目を丸くした。
(……どこから)
一枚手に取り、目で追う。
旋律を辿ろうとして途中で止まる。
矢印の先が、すぐには繋がらない。
(こっち……? ……違う……?)
もう一度見直す。
さっき見たページに戻り、また進む。
同じところを、二度、三度と行き来する。
古いものと新しい修正版を区別しようと何度も手に取るうちに、指先はインクで黒く汚れていく。ざらついた紙が、思うように指を滑らせてくれない。
一枚一枚を手に取り、旋律の流れを追い、矢印の向きを確かめ、順番を仮に置き、また崩し、並べ直す。
(ここが導入部……この矢印はこっちのページに繋がる……この書き直しは低音部を……)
確信のないまま、繋いでいく。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になる。