第2章 不完全な聖域
――そして翌朝、7時。
案の定、私の前には昨日と同じ「壁」が立っていた。
「……おい。ノア。言わなくても分かってるな」
「はい、執務室ですね。昨日の続きですか、それとも今日は別の棚ですか」
私は無言で、手慣れた手つきで雑巾を絞る。
「……チッ。今日は窓だ。昨日の夕飯の芋が、まだお前の脳みそに残ってるなら叩き出してやる」
もはや、驚きもしない。
自由時間を掃除に捧げるという理不尽。
この人は、私が一人で「最高の青空」を想う時間さえ、埃と一緒に掃除しようとしているのだろうか。
「……終わりました。今度こそ完璧です」
指一本の塵も残さず、窓を磨き上げた。
しかし、兵長は無言で窓枠の「角」を指でなぞり――そのまま、私の額を軽く突いた。
「……っ。今度は何ですか」
「……そこに、一欠片の甘えが残ってる。明日までに拭い去っておけ」
「……明日も、ですか」
まじでなんだこいつ。
私は、熱を持った額を手のひらで押さえ、逃げるように執務室を後にした。
廊下を歩いていると、すぐにハンジさんに捕まる。
「あはは!ノア、またリヴァイに執務室に拉致されてたの?」
角を曲がった瞬間、勢いよく現れたハンジさんが私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「あの潔癖男、よっぽど君の掃除が気に入ったんだねぇ!」
兵長に小突かれた時とは違う、少し乱暴で、温かい手。
この人の前では、無理に「兵士」でいなくていいような、そんな錯覚に陥る。
「……ハンジ分隊長。次は、巨人のうなじよりも兵長の眉間の皺を研究してください。あそこには世界中の埃への恨みが詰まってます」
「ははは! それは死ぬより難しい実験だね!」
「笑ってないで助けてくださいよ…」
どうやら私には助かる道がないらしい