第9章 再会/シリアス ※糸師冴
「……おい」
後ろからかかる声に向かい、繭はゆっくり振り返った。
再び目に映るのは、冴の姿だ。
「上向くな」
「……」
「視線戻せ」
「……」
声とほぼ同時に、左手首を無感情に掴まれ横にずらされた。
すぐに出血部分に押し当てられたのは黒っぽいタオルだ。
鼻に触れるそれが自分のものではないことはすぐに伝わった。奥の方が微かに甘いこの匂いは過去に一度も嗅いだことがないものだったからだ。
「自分の、あるから……」
「いい」
「でも……」
「やる」
質量を忘れたほどに軽い左手は、すぐに解放された。
なのに少しも落ち着けないのは、目線の高さがやたら近いからだ。
「…………っ」
今、冴が背をかがめていることに全く深い意味はないのはわかる。
状況に対する対処で見れば、むしろ適切なことなだけだ。
ただ、泳ぐ目でこの顔を見ていて、繭の中には一つ、不可解なことがよぎる。
糸師兄弟は元々顔が似ているし、日頃のふとした瞬間に凛の中から無意識に冴が浮かぶことはある。
なのに今、切り口が変わっただけなのに、冴の中には凛の片鱗が存在していない感じがする。
選択も、行動も、所作の一つすら、感情を排した無駄のなさが逆に異様な色を持ち、抗うことすら摘み取られる感じだ。
「自分で押さえろ」
「……ん」
繭は空いた左手で視界に入る指先に触れないよう、タオルを押さえ直した。
冴は、音もなく自然な距離に戻ってゆく。
「……今日、体育の授業バレーボールで。その時、顔面に直撃して、そのせいかな」
これは実話だ。
なのに変に言い訳じみていないかどうか、そんな事が気になった。
まともに頭が働いていない証拠だ。
会話も、展開も、出血も、匂いも、接触も。
緊張、安堵、羞恥、高揚、繭の内側には様々なものが入り乱れている。