第1章 【直哉×働き者女中】
盆を近くの棚に預け、身なりを整える。
足取り重く向かった離れの奥、豪奢な装飾が施された襖の前で平伏した。
「失礼いたします。でございます…」
静寂の中、パサリと紙をめくる音がした。
「……遅いなぁ。待ちくたびれて干からびるところやったわ」
低く、甘く、どこか毒を含んだ声が室内から響く。
入ってこい、という短い許可を得て襖を開けると、そこには文机にもたれかかり、気怠げにこちらを眺める直哉の姿があった。
その鋭い切れ長の瞳が、の姿を頭の先からつま先までなぞるように動く。
まるで獲物の価値を品定めするような視線に、彼女は背筋が寒くなるのを覚えた。
「申し訳ございません。炊事場の片付けが長引いてしまいまして。すぐに御用件を――」
「また掃除か。」
直哉は持っていた書物を放り出し、立ち上がった。音もなく近づいてくるその足音に、は思わず俯く。
畳を擦る衣の音が目の前で止まった。
「お前、いつまでそんな下らんことしとるつもりや?」
見上げれば、逆光の中に立つ直哉が、ひどく不愉快そうに口端を歪めていた。
「ですが、それが仕事ですし…」
消え入るような声でが反論を試みても、直哉の耳には届かないようだった。
彼はわずらわしそうに耳の端を掻くと、羽織の襟を整えながら冷淡に言い放った。
「そんなもん、誰ぞ他の奴にやらせとけ。今日はこれから出かけるからな、お前もついてこい」
「……お供、でございますか? 荷物持ちが必要でしたら、下男を呼びに――」
「阿呆。お前に持たせる荷物なんて無いわ。ええから、さっさと立って歩け」
抗う術などなかった。直哉が一度口にすれば、この屋敷ではそれが絶対の法となる。
は乱れた着物の袖を整え、慌てて彼の数歩後ろへと控えた。