第1章 【直哉×働き者女中】
廊下に響く衣擦れの音さえ、この屋敷では緊張の種だった。
九月の湿った風が通り抜ける禪院家の広大な敷地内、
女中のは、重い盆を抱えて早足に歩いていた。
今日の仕事は山積みだ。
当主不在の間に済ませなければならない大掃除の段取りに、客人に供する茶菓子の手配。
名門という名の巨大な歯車を回す一員として、彼女に休む暇など一秒たりともなかった。
「……あ、さん。また直哉様がお呼びですよ」
角を曲がったところで、同僚の女中が心底同情しきったような顔で立ち止まった。
その言葉を聞いた瞬間、の肩がわずかに跳ねる。
「また、ですか?」
「ええ。一刻も早く、とのことです。奥の離れで待っておいでですよ」
返事を待たず、同僚は嵐を避けるように足早に去っていった。
は思わず溜息を吐き出しそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。
────禪院直哉。
次期当主と目されるその男は、美しく、傲慢で、そして何より質が悪い。特にこの数ヶ月、に対する彼の干渉は常軌を逸していた。