白と黒のハーモニー 第二局 【ヒカルの碁・緒方精次】
第26章 ● 敗北の夜 ○
対局室を出たとき、緒方はまだ自分が負けたことを信じられなかった。中盤でとんでもない手を打ち、格下のはずの相手に僅差で負けた。自分でも「なぜここで?」と首を傾げるような、完全に思考が飛んだ一手だった。
廊下で、年配の棋士たちの会話が耳に刺さる。
「若い子と付き合って、うつつを抜かしてるんじゃないの?」
「ハッピー緒方なんて言われて、浮かれてるんだろ」
「彼女も愛想を尽かすかもな」
胸の奥が、ザワザワと黒く濁っていくような気がする。星歌は関係ない、オレが弱いだけだ…。そう思いつつも、その言葉はどうしても頭から離れない。
「誰にでもミスはある。もう気にするな」
白川が慰めるように言うが、緒方の気分は重いままだ。気晴らしに飲みに行くかと芦原を捕まえて、夜の街へと繰りだすことにした。
最初は普通の飲み方をしていた。酔いが回ってくると、なおさら敗着への後悔が増す。酒のペースが早くなる緒方に、芦原は言う。
「緒方さん、飲みすぎですよ。星歌ちゃんが心配しますよ」
星歌の名前は、緒方の本能を刺激した。会いたい…今すぐ抱きしめてキスをして…。そうすれば、このモヤモヤが晴れる気もする。だが、こんな情けない状態では会えない…。星歌に会いたいという想いを打ち消すよう、立ち上がる。
「他の店に行こう」
「ダメですよ、もう帰りますよ?」
「うるさい」
雑踏をフラフラ歩いていると、客引きの男が声をかけてくる。
「お兄さん、かわいい女の子、たくさんいますよ」
「…星歌よりいい女なんかいねえよ」
「いやいや、星歌ちゃんみたいな子いますよ。お兄さんの好みにぴったり」
「…行く」
「緒方さん、やめてください!星歌ちゃんが泣きますよ?」
慌てて引き止める芦原の手を、緒方は振り払った。
「星歌がいるんだ」
「緒方さん!星歌ちゃんは、そこにはいませんって!」
男に導かれるまま、路地裏の店へと向かう。扉が開くと、薄暗い店内には洋楽のバラードが流れている。きらびやかなドレスをまとった女たちが、緒方と芦原を出迎えた。