白と黒のハーモニー 第二局 【ヒカルの碁・緒方精次】
第23章 ○ 一柳家での正月 ●
案内されるまま、緒方は星歌の隣に座る。星歌は着物の上に割烹着を身に着けている。
「緒方さんも遠慮しないで。見ての通り、たくさんあるからね」
一柳夫人が笑顔で箸を勧める。
杯を傾けていた一柳棋聖は、ふと真面目な顔になった。
「そういえば、卒業式に合わせて星歌の両親が帰国するから、緒方くん、きちんと挨拶するんだぞ」
「はい」
「大晦日もちゃんと門限を守らせた真面目な男だって、言っておくからな」
「ありがとうございます」
緒方は頭を下げた。胸の奥があたたかくなるような気がした。
食後には軽く1局を打った。一柳棋聖は酔いも手伝ってか、いつもより少しぬるい手も見せた。緒方もそれほど本気を出して打ったわけではないが、結果は5目半で緒方の勝ちだった。
「どうもこの頃、イマイチだな」
一柳棋聖は呟くように言う。…確かに一柳先生らしからぬ手が多かったが、酒を飲んでいるしな。先生は確かに最近の調子はよくはないようだが、それでも棋士として手ごわい相手には違いない…。さらにタイトルを獲るために倒さなくてはいけない相手だ、公式戦でも勝つ。緒方はひそかに決意を固めた。それと同時に、囲碁ゼミナールの夜に酔って進藤に負けたことを思いだした。あのときのオレは相当酔っていたが、進藤はネット碁の最強棋士と名高いsaiのように練達な打ち筋であったと思う。事実、今の進藤に関しては師匠代わりの森下九段も実力を認めている。
若い棋士たちの新しい波が来る。タイトルホルダーとして彼らを迎え撃つのは自分なのだと、棋士としての血が騒いだ。
17時を過ぎ、緒方は実家へと顔を出すために、一柳家をあとにすることになった。玄関で、星歌がそっと袖を引いた。
「今日はありがとう」
「オレも楽しかった」
「また、いつでも来いよ」
一柳棋聖が朗らかに言う。
星歌が小さく手を振る姿を見ながら、アクセルを踏む。
当初の予定にはなかった一柳家への訪問だが、星歌の身内に受け入れられているのだと実感できた。3月には両親とも会う機会が持てそうだと思うと、身が引き締まる。夕日の柔らかな色が、緒方を優しく包んでいた。