第1章 零
僕は明日、この学園に編入する。
入学と言っても遜色は無いのかもしれない。本来なら今年の4月から、僕もこの学園のいち生徒として在籍していたはずなのだから。
この生活にも慣れたからよほど困ることは無いだろうし、何かが起きても対処法はあると思うから何とかなるだろう。
本当は、この場所に戻ってくることになるとは思っていなかった。見慣れた教室、見慣れた廊下、見慣れた音楽室。僕を縛るやくそくはこんなにも強固なものだったのだと改めて思い知らされた。
きっとこれは運命だ。ここに戻ってこいと、ここで生きろと言われているのだと思う。
でも、僕がそう思ったことを未来の僕は覚えていない。今日ここで見た風景も、こうして旧校舎の教室に忍び込んでまでこの文を書いていることも。
全てを忘れ、このノートを頼りに歩んでゆくのだろう。このノートは僕の記憶そのものだから。
僕はそれを悲しいとは思わない。
もう僕は僕を取り巻く環境に慣れきっているのかもしれない。今はまだ大丈夫でも、そのうち認識したその場から忘れてしまうようになる日も来るかもしれない。生活もままならなくなって、でも死ぬという選択肢すら見えなくて、彼らに迷惑をかけて生きる日が来るのかもしれない。
こうして自分の中にある記憶が消えていくことは、僕にとっての「普通」で「常識」なのかもしれない。
……いや、普通だ。当たり前のことだ。僕はノートに必要な記憶を書き留めて、何度も何度も反芻して生きてきたのだ。
いつからこうなったかは正直覚えていない。転生した時か、半霊になった時か、はたまた死んだ時にでも記憶が飛んでしまったのだと思う。そういう、あった筈で忘れない筈の記憶が思い出せないことが増えた。……怖いとは、おもわない。