第1章 狂犬
「ほらほら!もー本当どこ行ってたの!遅れちゃうよ!」
後々、岩泉さんと昔からの仲だというのを部活で聞いた時に、少し納得した。それを言うといつも一緒にいる及川さんともそうだということになるが、そこはまた少し違う。
岩泉さんと、△△。
この二人だけは、俺と対峙しても目を逸らさず、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。特にこいつは女というのもあって俺の中には強い印象が残っている。
合唱祭の練習。
参加してる、と言っても俺はこの空間にいるだけ。気まずそうにされるのは目に見えていたし、部屋の隅で立っている。こんなことをしているくらいならバレーの練習がしたい。けど、それはあいつが許さない。
「ふふ、えらいね京谷」
合間を見つけては嬉しそうに笑みを浮かべて声をかけてくるこいつ。
「○○ー!」
「はーい!」
「相談ー!」
みんなを仕切るわけじゃない。
でも、頼られる。
真面目に、真剣に、そんな言葉が似合うこいつは、呼ばれたらすぐに駆け寄って(別に近い距離なんだから歩けばいいのに)、相手の目を見て、相槌を打ちながら、最後まで聞いて、その上で自分の意見をはっきり伝える。
「そうだね、ありがとう!」
「全然!私の方こそ相談してくれてありがとうだよ!」
「いつも助かってる!」
ケラケラと笑う声が離れたところから聞こえてくる。楽しそうに笑う顔が、わざわざ目を向けなくても想像できた。
あいつの周りにはいつも人がいる。
俺とは正反対の存在。
俺みたいな奴、放っておけばいいものを、どうしてかあいつだけはつっかかってくる。
それが別に、哀れみだとか、悲観してるわけじゃなく、なんかこう……
「京谷!最後だけ列入って!ラストは歌おう!」
「…」
……いや、やはり理解できないほどの余計な世話を焼いてくる、ただのお節介な女だ。