第114章 平和の代償
それから季節はめぐり、ゆきのお腹はいつ赤子が生まれてもおかしくないほどに大きく膨らんでいた。
義勇の申し出に応じるかどうかの決心は、いまだつかずにいた。
当時の蝶屋敷は負傷した隊士の手当で手いっぱいで、ゆきの出産まで担うのは難しい状況だった。
困惑するゆきを見かねたしのぶは、医術の心得がある幸に彼女を託すことにした。義勇の継子であった幸は、鬼殺隊が解散したあとも弟子として富岡邸に留まっている。
医術の知識を持つ幸なら十分に信頼できる。
そして何より、これで「冨岡さんの近くにゆきさんを置く自然な口実」ができる
そう思惑を込めたしのぶの配慮により、ゆきは富岡邸で出産に備えることとなったのだった。
ある穏やかな午後のこと
ゆきは屋敷の縁側に腰を下ろし、透き通るような青空をただじっと眺めていた。
「何を考えているんだ?」
ふいに聞こえた声に振り返ると、隊服を脱いだ義勇がとなりに腰を下ろすところだった。
かつて羽織っていた隊服を脱ぎ、着流し姿となった彼は、以前の険しさが消えてどこか柔らかく穏やかな雰囲気をまとっている。
ゆきは空から目を離さないまま、ぽつりと呟いた。
「名前…空(そら)にしようかなって」
「この、天の空か?」
「はい……」
「何か理由があるのか?」
義勇の静かな問いかけに、ゆきは愛おしそうに目を細めた。
「…無一郎くんの目は、この空のように澄んでいました。どこまでも深くて、綺麗で…似ているから、空に……」
愛する人の面影を愛おしむゆきの言葉を、義勇は否定もせず静かに受け止めた。
義勇は深く何も言わず、空を見つめるゆきの横顔をじっと見つめていた。
その碧い瞳には、過去の想いを抱えたまま生きる彼女のすべてを、そばで守り続けようとする揺るぎない覚悟が宿っていた。
「ゆき…お前が、納得するまで俺は、いつまでもお前を待つ。ただ…側にはいさせてくれ。例え俺と一緒に、なってくれなくともお前とお腹の子は、俺が守る。」
「義勇さん…」
ゆきは、困った表情を義勇に向ける。
だが、その顔を包み込むように義勇は優しく腕の中にゆきを封じ込めた。
「愛している…」
義勇の切ない言葉が紡がれた…