第114章 平和の代償
さらに数カ月経ったある日の事だった。
隊士達の世話をしていたゆきを、しのぶが呼び止め手を引かれ連れて行かれた。
その先には、義勇が立っていた。
「ゆき…俺達は今から産屋敷邸に向かう。鬼殺隊解散の通達があるはずだ」
静かに告げる義勇の隊服姿は、怪我が癒えたことを示していた。
だが、次に口にした言葉がゆきの息を止める。
「その席で、お館様に申し出るつもりだ。ゆきを娶りたい、とな」
固まるゆきに、義勇の碧い瞳が真っ直ぐ注がれる。
「お腹の子も、俺が共に育てる」
「で、でも…! 私には無一郎くんが…!」
ゆきの拒否に、義勇の声が低く響いた。
「現実を見ろ。あの日からどれだけの時が経った? 未だに消息すら掴めないんだぞ」
「…」
「前を向け。いつまでも過去に囚われるな」
愛する者を失った悲痛さを知るからこその、容赦のない現実を突きつける義勇。
ゆきの目から堪えきれない涙が溢れ落ちた。
身を震わせるゆきの肩を、側にいたしのぶがそっと抱きしめる。
「冨岡さん、言い方というものがありますよ」
しのぶは柔らかく義勇を嗜めると、腕の中のゆきへ優しく語りかけた。
「ですがゆきさん、冨岡さんの不器用な言葉の裏にある真意も分かってあげてください。彼は本気で、あなたとお腹の子を守ろうとしているのです」
しのぶの温もりに包まれながら、ゆきは大きく育った自身のお腹に手を添えた。
手のひらから伝わる確かな鼓動。
愛しい命と、現実の厳しさ…。
決心がつかぬまま溢れる涙を拭えずにいると、義勇は包帯の残る手でゆきの頬の涙をそっと濡らした。
「答えは今でなくていい。ただ、俺は忘れたわけではない。お前とこの子を一人にはしないと、あの日心に決めたんだ。俺は、お前を好いている。ずっと変わらずに…」
不器用だが揺るぎない覚悟を告げ、義勇は静かに背を向けた。
去り行く義勇の背中を見つめながら、ゆきは激しく揺れ動く感情を抑えきれず、愛おしい命を両手でそっと撫でた。
整理できない気持ちが、ゆきを飲み込んでいく…。