第5章 池田屋
目を覚ましてもなお、斎藤がその場を離れる気配はなかった。
霧島はしばらく天井を見つめ、夢と現の境をさまよっていた。
そしてようやく、かすかに唇を動かす。
「……私は、どのくらい眠っていたのですか」
「三日だ」
短い答えが返る。
思っていたよりずっと長い時間が過ぎていたことに、霧島は目を瞬かせた。
体はまだ鉛のように重い。
わずかに首を動かすと、部屋の隅に置かれた蝋燭の灯りがゆらぎ、斎藤の影を壁に映し出していた。
その影は、ずっと変わらずそこにあったのだと悟る。
霧島はかすかに息を吸い、声を絞り出した。
「隊長は……お休みになられないのですか?」
問いかけに、斎藤は短く息を吐いた。
薄闇の中でも、疲労の色が濃い顔に、深いクマが浮かんでいるのが分かる。
「当たり前だ。瀕死の隊士を置いて眠れる性分ではない」
淡々と告げる声には、誇張も偽りもなかった。
だからこそ、霧島の胸の奥がぎゅうと締め付けられる。
言葉を探したが、喉が詰まり、声にならなかった。
かわりに、胸の奥で別の想いが膨らんでいく。
沈黙が落ちる。
やがて斎藤はふっと視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……目を覚まさなかったらどうしようかと、考えた」
その言葉は、独り言のように低く落とされた。
霧島は思わず息を止める。
そんな弱さを、斎藤が口にするのを聞いたのは初めてだった。
「隊長……」
名前を呼ぶ声がかすれる。
斎藤は短く首を振った。
「……もう夜も深い。眠れ」
斎藤は低く、しかし柔らかく言った。
その声音には、いつもの厳しさに微かに混じる優しさがあった。
霧島はその響きに胸の奥がじんと温まり、ゆっくりとまぶたを閉じる。
静かな息遣いが部屋を満たす。
外では風が吹き、遠くで犬が吠える声がする。
京の町は夜を終えようとしているのに、この部屋だけは時が止まったかのように静かだった。
斎藤は刀を膝に置き直し、じっと霧島の寝顔を見つめた。
その表情は、誰にも見せたことのないほど柔らかい。
わずかに唇の端を上げ、誰にも聞かせるつもりのない声で呟く。
「……馬鹿者め」
吐き捨てるようなその言葉には、叱責よりも深い安堵が滲んでいた。
三日の間に積み重なった緊張と恐怖が、少しずつほどけていく。
斎藤は手を伸ばし、蝋燭の火を消した。