第5章 池田屋
屯所に身を置いてから、霧島は日々の鍛錬にも少しずつ慣れ、雪村や隊士たちとも自然に言葉を交わせるようになっていた。
稽古の汗を流し、廊下を吹き抜ける風に涼みながら聞く他愛のない笑い声が、少しずつ心に馴染んできていた。
しかし、その朝はいつもと空気が違った。
廊下を行き交う足音が絶えず、どこか落ち着かない気配が屯所を覆っている。
「今日は、やけに騒がしいですね」
巡察の支度を整えながら、霧島は居室で隣に座る斎藤に声をかけた。
「古高俊太郎を捕らえたらしい」
斎藤は表情を崩さず、黙々と刀を研いでいる。
「攘夷志士に繋がる危険人物だ。今、副長たちが蔵で詰問している」
「……詰問、というのは」
霧島は無意識に問い返していた。
「拷問だ」
斎藤はあっさりと言った。
「嫌な役目だが仕方ない。奴が何を企んでいるか吐かせなければならん」
霧島は思わず言葉を呑む。拷問という響きが、胸の奥に冷たいものを落とした。
「副長以外、誰が関わっているのですか」
「新八や総司辺りだろう。副長のやり方なら、そう長くはかからんはずだ」
再び廊下の奥から、足音と低い声が過ぎていく。
屯所全体が何かを息をひそめて見守っているようだった。
「こうしている間にも、何かが動いているのですね」
斎藤は研ぎ終えた刀を丁寧に拭い、鞘に納めた。
「古高が吐けば、奴らのたまり場が分かる。近いうちに出陣があるだろう」
霧島は喉が渇くのを覚えた。
これまで汗にまみれていた稽古の日々は、ただの鍛錬ではなかった。
ここにいる全員が、いずれ来る戦いのために命を削っている――。
その事実がようやく骨の髄まで迫ってくる。
「霧島」
斎藤が真剣な眼差しでこちらを見据える。
「稽古は無駄にするな。次に立つときは、木刀じゃなく真剣かもしれん」
霧島は深く息を吸い、頷いた。
屯所の空気は、もう鍛錬場のそれではない。
戦いの匂いが、確かに近づいていた。