第3章 信頼
斎藤の背中が闇に溶けるまで見送った霧島は、胸の奥を深く押さえた。
見抜かれたことへの動揺と、誰にも告げないという一言への安堵が、まだ心を揺さぶっている。
(……雪村さんを、探さねば)
斎藤に言われたとおり、隊舎の中を歩き回る。
夜も更け、兵たちの多くは眠りについているのか、灯りはまばらだ。
廊下を進むと、ふと障子越しに人の気配を感じた。
「……雪村さん、いらっしゃいますか」
恐る恐る声を掛けると、中から静かな足音が近づき、障子が開いた。
「あ、霧島さん」
雪村は驚いた顔を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「斎藤さんから伺っています。……風呂や寝床ですね?」
霧島は息を詰め、こくりと頷く。
雪村はその様子をじっと見つめ、ふと何かを察したように微笑んだ。
「ご案内しますね。夜風に当たって冷えたでしょうし、まずはお風呂からにしましょう」
廊下を歩きながら、雪村が灯りを手に持ち、優しく言葉を続ける。
「新選組の皆さんは荒っぽい方も多いですけれど……安心してください。ここでは、無理をしなくても大丈夫ですから」
霧島の胸に、また別の鼓動が走る。
その言葉が、まるで全てを分かっているかのように聞こえて――
湯殿へと続く廊下はしんと静まり返っていた。
木の床板を踏むたびに、夜の冷気が隙間から忍び込んでくる。
「……こちらです」
雪村が障子を開けると、白い湯気がふわりと広がった。
誰もいない風呂場は、湯の音だけが小さく響いている。
「今夜はもう他の方は使いませんから、ごゆっくり」
雪村は振り返り、灯りに照らされた顔に穏やかな笑みを浮かべた。
霧島はしばし言葉を失った。
何を、どこまで話すべきか。もう既に気づかれているのか。
斎藤に気づかれた動揺がまだ胸に残っている。
「……雪村さん」
低く呼びかけると、雪村の瞳が静かにこちらを見つめた。
その眼差しは、隠し事を抱える者に寄り添うような優しさを帯びている。
「ここでは、あまり無理をなさらないでくださいね」
雪村の声は、どこか含みを持っていた。
それがただの気遣いなのか、それとも――。
「……はい。ありがとうございます」
霧島は深く頭を下げるしかなかった。
湯殿に満ちる蒸気の中で、互いに言葉にしない秘密が、確かに触れ合っているように感じられた。