第11章 微光
瓶を袖に隠し、霧島は胸のざわつきを押さえきれないまま廊下を歩き出した。遠くから木刀のぶつかる音が聞こえてくる。
(……とにかく落ち着こう。部屋に戻って、もう一度考え――)
そのとき。
「霧島?」
肩越しに声が降ってきて、霧島ははっと振り返った。
そこには藤堂が立っていた。
「藤堂さん、寝てなくて大丈夫なんですか?」
「あぁ、なんか今日は気分がいいからな。それより――」
藤堂は霧島の顔を見た瞬間、笑みを引っ込めた。
「声かけても返事ねえし、顔色悪ぃぞ。何かあったのか?」
霧島は咄嗟に袖の中の瓶を握りしめた。
しかし藤堂の鋭い目は、その小さな仕草すら見逃さない。
「今、山南さんと話してただろ。何をもらった?」
霧島は言葉を飲み込む。
正直に言うべきか、隠すべきか――迷いが胸で渦巻いた。
「……藤堂さんには、関係のないことです」
それは、自分でも驚くほど冷たい声だった。
藤堂の表情がかすかに揺れる。
「関係なくねえよ」
低く、抑えた声だった。
いつもの軽さはひと欠片もなく、真剣そのものの響き。
「総司のことだろ?」
その名を出された瞬間、霧島の胸が締めつけられた。
「……見ていたんですか」
「ああ。山南さんが何か渡してるのが見えた。あの人が持ち歩く薬なんて……ろくなもんじゃない」
藤堂は歩み寄り、霧島の前で立ち止まった。
「霧島、その瓶を見せてくれ」
霧島はゆっくりと袖から瓶を出し、藤堂に見せる。
紅い液体が、陽光に照らされて妖しく光った。
「……やっぱり、変若水かよ」
怒りとも恐怖ともつかない色が、藤堂の瞳に宿る。
「霧島。総司にこれを渡すつもりなのか?」
霧島は視線を落とし、拳を握った。
「……わかりません。ただ……何もしないという選択肢が、怖いんです」
藤堂はしばらく黙り込んだ。
そして深く息を吐いた。
「大丈夫。総司なら、こんな力に頼らねぇ。命を削ってでも、最期の一瞬まで“自分のまま”で剣を振るう奴だ」
藤堂は小さく笑った。
それは強さを装った、寂しい笑みだった。
「霧島。お前の優しさは……よく分かってる。でもよ――」
ほんの一瞬、藤堂の瞳が陰った。
「総司を……俺みたいな化け物にしたくねぇんだ」
その声は震え、掠れていた。
霧島は言葉を失い、ただその胸の痛みに呑み込まれる。