第1章 流れる砂に彩りを
血に塗れた世界を、おれが彩りたいと思った。
砂時計をひっくり返した瞬間、戸は叩かれた。
煙管の雁首を灰皿で軽く叩き、灰を落としてから、戸を叩いた主を迎え入れた。
扉を開いた瞬間、陽の光が玄関に射し込んだ。古書と埃の匂いが、一気に開け放たれる。
大柄な金髪の男と、小柄で目つきの悪い男。陽の光を背に、かび臭さを前面に、片方は微笑を浮かべ、もう片方は眉根を寄せてた。
おれは眩い光が家の隅々にまでに散らばるのを感じながら、金髪の男に手を伸ばした。
「調査兵団団長、エルヴィン・スミスと申します。この度は調査兵団へのご支援に御礼を申し上げるべく参上致しました」
「よく来たね」
彼の手を握り、軽く上下に振る。
それが失礼に及ばない程度の時間に達すると、すぐさま彼から手を離して隣にいた黒髪の男にも手を伸ばした。
男は一瞬目尻をひくつかせてから、ぶっきらぼうにおれに手を遣った。どうやら、潔癖の性であるという噂は本当らしい。舌打ちの聞こえてきそうな態度に、おれは思わず笑いそうになる。エルヴィン・スミスが小声で彼を窘めんとするのが見えた。
先程まで恭しく礼節の模範解答を口にしていた彼の慌てた様子が、悪魔とすら揶揄されるエルヴィン・スミスもまた人間であることを示していた。
「初めまして。君は兵士長殿、だね?
埃にまみれた屋敷で申し訳なく思うよ。さぁ上がってくれ。話がしたい」
玄関を開ききって掌で庭に繋がる廊下を示す。こういうものは応接室なんかでやるものなのだろうが、何せ応接室は本に埋もれてしまっているために庭のテーブルと椅子に案内するより他ないのである。
兵士長殿は口を開きかけては閉じ、エルヴィン・スミスの後を追った。粗暴な人間性であるとは人伝いに聞いていたが、それ以上の理性を持ち合わせているらしい。
砂時計の砂が滑り落ちるように、頭の中に言葉が流れ込んでくる。ペンを書斎に置いてきたことが惜しい。彼を書きたい。そんな一心で、おれは調査兵団への支援を申し出たのだ。