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フラれてお情けでキスされる話

第11章 夢を追う幼馴染


夏の夜。近所の公園。

人気のないベンチに座っている彼の背中を見つけたとき、心臓が少し痛んだ。


彼は、芸能界で活躍することがずっと夢だった。

地方のオーディションで注目されて、東京の事務所に所属することが決まって……

明日にはもう、いない。


「……来たのかよ」

わたしに気づくと、彼はそっぽを向いた。

でも逃げない。それが彼らしかった。


「話せないまま、行かれるのは嫌だったから」

「……そうかよ」

それだけ返して、タオルを肩にかけたまま、背もたれにのしかかる。


彼は、昔からぶっきらぼうだけど、どこか頼りがいがあった。

何かに集中してるときは、誰も目に入ってなくて。

だけど、わたしだけには、時々目を合わせてくれた。

……その目が、好きだった。


「ねえ、」

「……言うな」

「まだ何も――」

「だいたい分かる」


彼は、すこしだけ顔をしかめるようにして立ち上がった。

ベンチに座ったままのわたしを、見下ろすように見つめる。


「好きなんだろ。……俺のこと」


何も言えなくて、でも頷くと、彼の目が一瞬だけ揺らいだ。


「だから言うなって、そういうの」

「……なんで?」

「バカ……行くしかねぇんだよ、俺」


声は低くて、でも苦しげだった。

わたしを長く傷つけないように、あえて冷たくしようとしてるのが、分かった。


「……それでも、好きって言いたかった。わたしの気持ちだけでも……伝えたかった」


次の瞬間、彼はため息混じりにわたしの腕を引いた。

そして、なにも言わずに、唇が重ねられる。


強引で、でもどこか震えるようなキスだった。

唇が離れたあと、彼はゆっくりと目を逸らすと、わたしに背を向けた。


「これで……終わりだ」


背中を見送ったあと、静かに涙がこぼれた。

でも、あのキスだけは。

あの人の本当の気持ちに、ほんの少しだけ、触れられた気がして。

それだけで、生きていけそうだった。


fin.
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