第1章 クールな先輩
屋上に出ると、夏の夕焼けが街を赤く染めていた。
風が少し涼しくて、わたしは服の袖をぎゅっとつかむ。
そこには、制服の上に黒い上着を羽織った先輩がいた。
片手に煙草、もう片方はポケットに突っ込んだまま、ぼんやりと空を見上げている。
「……先輩」
声をかけると、煙草をくわえたままちらりと振り返られた。
その横顔はどこか退屈そうで、でも、やっぱりかっこよくて――胸が痛くなる。
「何だよ、改まって」
わたしは、一歩だけ踏み出して、言った。
「……好きです。わたし、ずっと、先輩のこと……」
言葉が途中で震えた。
それでも、ちゃんと目を見て言った。
「付き合ってください」
先輩は、煙草を口から外して、ゆっくりと煙を吐き出した。
その視線が、しばらくわたしを見つめたまま、何も言わない。
「……あー……」
数秒の沈黙のあと、先輩は眉をひとつ上げた。
「悪いけどさ……俺、そういうの、めんどくさい」
その言葉が胸に突き刺さる。
分かってた。すごくモテるのに、誰とも本気にならない人だって、みんな言ってた。
でも――わたしは、信じたかった。
「……そっか。ごめんなさい」
なるべく笑顔で言ったつもりだった。
だけど、声はちょっとだけ掠れてしまった。
そのとき、先輩は煙草を地面に落として足で踏み消すと、突然こちらに近づいてきた。
「……おまえさ」
すぐ目の前で、低くてちょっとだけ意地悪な声。
「こんなとこまで呼び出して、それで済むと思ってたの?」
「……え?」
先輩は片手でわたしの頬に触れてきた。
煙草の匂いと、ちょっと甘い香水の匂いが混じって、くらくらする。
「かわいそうだし、……キスぐらい、してやるよ」
そう言って、唇が近づいてきた。
冗談かと思ったのに――本当に、触れられてしまった。
優しくて、でも逃がさない、包み込むみたいなキスだった。
唇が離れたあと、先輩は少し困ったように笑った。
「忘れろよ、こんなの」
fin.