第43章 『あーん』土方歳三編
「……おい、ももか。こっち、来い」
屯所の廊下を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、黒い着物姿の土方さんが、腕を組んで壁に寄りかかっている。
「土方さん……?」
「いいから。……時間あるだろ」
そのまま手を引かれて、ふたりで奥座敷へ。
障子の向こうはもう夕暮れで、赤い光が畳の上をやさしく染めていた。
「ここ……?」
「静かだし、他のやつらも来ねぇ。……それに」
そう言って、懐からそっと包みを取り出す土方さん。
「……ほら。これ、やる」
包みを開けると、そこにはころんと丸い、小さな菓子がいくつか。
薄紅色の花の形をした、かわいらしい和菓子だった。
「これって……」
「そこの土産屋で売っててな。……甘いの、好きだろ?」
「えっ……はい、嬉しい……」
もじもじしていると、土方さんがまるでからかうようにわたしの顔を覗き込む。
「なら、食えよ」
「い、今?」
「今以外に、いつだよ。……ほら、口、開けろ」
指先でつまんだひとつを、わたしの唇にそっと近づける。
「あ、あの……」
「あーん、は?」
「〜〜っ、土方さん!」
「言わねぇと、やらねぇぞ」
意地悪そうに笑う彼の目に負け、「……あーん」と口を開けると、柔らかいお菓子が唇の中へ。
もちもちとした食感と、ほんのりした甘さが広がって——
「美味しい……っ」
「だろ。……もっと、欲しいって言えよ」
そしてまた、口付けぐらい近い距離で「あーん」をしてもらって。
何度も、何度も。
「……たまには、こういうのも悪くねぇだろ」
ふたりの間の甘さは、和菓子なんかじゃ足りないくらいに広がって——
わたしの頬も心も、やさしく甘く、とろけてしまった。
fin.