第55章 告げられる想い、壊れていく心 ※
病室は、静かだった。
規則正しく刻まれる機械音だけが、時間を測っている。
白いカーテン、白いシーツ、白すぎる光。
その中心で、はまだ眠っていた。
細い腕には点滴の管。
胸元は浅く、かすかに上下しているだけ。
相澤は、椅子に腰掛けたまま動かなかった。
の右手を、両手で包む。
温もりがあっても不安は消えなかった。
低い声が、病室に落ちる。
相「なぁ…そろそろ、起きろよ」
返事はない。
相澤は、一度だけ目を伏せた。
唇を噛み、深く息を吸う。
相「……頼む」
それは命令でも、ヒーローの声でもなく、ただの祈りだった。
相澤は立ち上がり、ベッドに身を乗り出す。
額を、そっとの額に触れさせる。
相「……戻ってこい」
一瞬のためらいの後、唇がそっと重なる。
触れるだけの、静かなキス。
その瞬間、ピッ…ピッ…と鳴っていた心電図が、わずかに揺れた。
相澤の目が見開かれ、のまぶたがかすかに震える。
相「……!」
次の瞬間。
「……っ……」
小さく、息を吸う音と共にの瞳が、ゆっくりと開いた。
焦点の合わない視線が、天井を彷徨い、やがて相澤を捉える。
「……しょ……た……さん……?」
その声を聞いた瞬間。
相澤の理性は、完全に崩れた。
相「……っ……!!」
相澤は迷わず、を抱きしめた。
壊れ物を扱うみたいな優しさなんて、もう出来なかった。
強く、強く。
腕が震えるほど、力いっぱい。
相「……っ…」
声が詰まり、言葉にならない。
相「…よかった……っ……!」
肩が揺れる。
抑えていた感情が、一気に溢れ出す。
は、最初は驚いたように目を見開き、それからゆっくりと腕を動かした。
弱々しく、それでも確かに。
相澤の背に、触れる。
「……ただい……ま……」
その一言で。
相澤は、堪えきれずに嗚咽を漏らした。
相「……おかえり…」
相澤は何度も、の背に顔を埋めた。
泣きながら、何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。
相「……もう……いなくなるな…。……俺の前で……消えるな……」
ヒーローでも、教師でもない。
ただ一人の男として。
相澤消太は、愛している人を抱きしめながら、泣いていた。