第12章 秘密の日記
ハリーは表紙をなぞり、そしてそっと開いた。
インクのにじんだ最初のページに、名前が、なんとか読み取れる。
「……T・M・リドル」
その瞬間、なぜだかわからないけど――チユの背中の羽根が、かすかにふるえた。
心の奥で、ぱちり、と火花のような音がした。
過去に何かが、強く、重く、閉じ込められているような――そんな予感が、日記から滲んでいた。
「50年前の……」とハリーがつぶやく。
「何が書いてあるのかな」
ロンは疑わしげに眉をひそめている。
チユは、日記をのぞきこむ2人の後ろで、目を伏せた。
彼女の胸の奥では、警鐘のような鼓動が、じりじりと高まっていた。
「この名前、知ってる……T・M・リドル。50年前、学校から“特別功労賞”をもらったやつだよ」
「どうしてそんなこと知ってるの?」
ハリーは感心したように振り向いた。
「だって、罰則受けたとき、フィルチに何回も、あいつの盾を磨かされたんだぞ」
ロンは恨みがましく言う。
「ナメクジのゲップをひっかけちゃった、あの盾だよ。名前のところについたあのねとねとを1時間も磨いてりゃ、いやでも覚えるさ……!」
聞いたことがあるような、でも遠い響き。
名前だけではピンとこないけれど――“T・M・リドル”というその綴りが、妙に頭に残る。
ハリーは、ぬれたページをそっとめくっていった。
一枚、また一枚。だが、どのページにも、何ひとつ書かれていない。
にじんだ跡すらない。魔法で消された気配も、見当たらなかった。
「……この人、日記に何にも書かなかったんだ」
ハリーは少しがっかりしたように言った。
「誰かさんは、どうしてこれをトイレに流してしまいたかったんだろうな……?」
ロンが興味深そうにつぶやいた。
チユは、ハリーの手の中にあるその日記をじっと見つめた。
楽しかったことも、苦しかったことも、ひとつも記していない日記。
中身が空っぽであること――それが、むしろ不気味だった。
なにも書いてないはずなのに、ここまで湿った空気を引きずるのは、どうしてだろう。