第6章 即ちそれ、“強豪”なる者たち
●藤堂 天● 〜東京体育館〜
これから先も、試合に敗れた選手たちのバスケ人生は、問題なく続いていく。
それは、「勝ち上がった者たちが罪悪感から逃れるための、都合のいい解釈に過ぎない」ということを知った。
勝者目線で、敗者の考えなどまるで掴めていない。
しっかりと考えれば、「敗北を突き付けられた者は、次への期待よりも、大切なものを守り切れなかった後悔に打ちひしがれる」なんてこと、簡単に分かるだろうに。
現に、私の目の前に立つこの人は、「PFとして全中優勝を叶える」ということは、永久に叶わなくなってしまったんだ。
例え、これから先もPFとしてプレイを続けるとしても、それはもう新たな宿命の元で叶えられる、新しいチーム内での役割だ。
それどころか、もう8番を背負うことすら叶わないかも。
「“そのチームのPF”ではもういられない」と通告する時、敗北というものは、その言葉以上に選手の特別なものを奪ってしまうんだ。
その涙の根源には、きっと私がいるんだろ?
私が…
この人の「“全中優勝校のPF”になる」というチャンスを、奪ってしまったんだ。
だから、
?「大丈夫だよ、きっと」