第6章 即ちそれ、“強豪”なる者たち
●藤堂 天● 〜東京体育館〜
弱者が強者から教わることは山ほどあるだろう。
それは私が、そこそこ長い選手人生の中で身を持って理解した。
私はその実体験から、選手というものは吸収剤のようなものだと考えている。
早い話がスポンジで、乾いているものほどよく水分を吸収する。
そして選手が吸収するものと言えば、私が言い続けてきた“経験値”。
つまり、それから成る“技術”のことだ。
“経験値”を蓄え、“技術”を保持する力が、私たち選手には等しくある。
それは強豪も弱小も関係ない。
だからこそ、その2つを隔てるものは別に存在していると想定できるんだ。
また、「水分は乾いたものの方へ移る傾向がある」。
これはチームメイトの一人から聞いた話で、以前、スキンケアの薀蓄を長々と聞かされたことがある。
私はそれを嫌々聞いていた覚えがあるのだが、まさかこういう形で“バスケット”に通ずるとは思わなかった。
だから私は、これを基に考えたんだ。
仮に“経験値”を“水”に置き換えると、私たち“選手”は“スポンジ”だ。
そして水分は乾いたものの方へ移り、スポンジは乾いたものほど吸収力が高い。
強者とは、“経験値”や“技術”という水分を、たっぷりと含んだスポンジ。
そして弱者は、高みへの挑戦や試合経験が足りないという様々な要因のために、実力不足のカラカラのスポンジ。
水分はその性質から、より枯渇した方へと移る。
それはまるで、私が準決のインターバル中に、ヘッドバンドとタオルで実演して見せたように。
その大前提を有効とした時、相反する者たちを対立させたらどうなるのか。
潤ったスポンジと、乾いたスポンジ。
2つを争わせたら、その先にどんな結果が待っているのか。
どれだけの時間をかけても、乾いたスポンジの水分保持量が、潤ったスポンジのそれを超えるまでには至らないかもしれない。
しかし、開始時から考えたとき、終了後に保持量が増えているのは乾いたスポンジの方だろう。
対して潤ったスポンジは、開始時に比べてその量を軽減させるはずだ。
吸収力は、満たされていないものの方が高いから。
それが、私が“恩恵”と称したもの。
“経験値”だ。
私が過去の自分より、少しだけ理想の“強い自分”になれた理由。
そんなものを、試合を通して強者たちから貰ったのだ。
