第5章 栄光の目前 〜決勝トーナメント準決勝〜
●藤堂 天● 〜東京体育館〜
普通であれば、“脳震とう”とか“内出血”を気にすべきところなんだろうけど。
愛華となると、少し話は変わってくる。
心配してないわけじゃない。
ただ「そもそも、この期に及んでこいつが怪我するわけもない」って方が強いからだ。
と言うのも、さっき…
「ようは私に“囮になれ”ってんだろ?」
あぁいう役回りを引き受けるくらいだからな、愛華は。
ま、“生贄”だけど。
床に膝をつけたチームメイト2人の四肢を踏まないよう、気をつけながら。
私は未だ床に座り込む愛華に近づいた。
『出来るか?』
そう言って、愛華に左手を差し出した。
体の重心を少し前に預けることで、左肩を落とせば。
掌を上に向けた左手が、さらに愛華に近づく。
空いた方の右手は、自分の右膝に充てがった。
こうすれば、踏ん張った時に力が入りやすい。
今は空(カラ)の左手に、愛華の体重がかかった時。
私がすぐに引っ張ってやれる。
それを見上げた愛華は…
「そんなの…」
そう言いながら左腕を上げて、私の方に手を伸ばしてきた。
「このまま左手が取られる」と思った。
それなのに…
愛華が掴んできたのは、掌ではなく。
私の左手首だった。
空けておいた掌は、未だ天井を向いたまま。
代わりに、私の静脈から愛華の掌に、上がった心拍数が吸収されていく感覚を覚えた。
なんだよ…
「掌は汗掻いてるだろうから遠慮します」ってことか?
んなのお互い様だろ。
行き場を無くした掌の疎外感を感じて、若干落ち込む私を置き去りに。
足早に急ぐように、愛華はもう一言…
「当たり前だろ」
…と口を動かした。
それを聞いた私は、全身を使って左腕を引き。
地面に座る愛華の体を起こした。
その際は、愛華の望み通り。
こっちの掌は“パー”の状態でやらせてもらった。
どうも私の掌に触るのは嫌らしいからな。
愛華が自分の両脚で立った後。
手放された私の左手首には、愛華の指の形が、くっきりと浮かんでいた。
こうして、シューターの試合復帰により。
会場は、完全にフリースローの空気に切り替わった。