第2章 黒龍の苦悩の一日
悠々と野菜を物色し購入するの姿にブレイクは感嘆するように口笛を鳴らした。
「そうしていると普通の主婦だな」
『普通の主婦は君のような護衛を持たないが』
この世界には未だ野狗子は存在し、彼らに対する切り札である夜梟には現状身を守る術はない。
以前のように憑依はできないが一定距離内にいる稀少体に力を与えることはできる。
結果護衛がつくのは当然の結論である。
『アレックスが呼び出されてしまって……手間を取らせる』
「こっちも報告があるから構わん」
そしておおよそ主婦の買い物にそぐわぬ会話をして二人は帰路につく。
「徒歩のみは不自由じゃないか?」
『はじめはそう感じた……ブラッドジャンプや憑依は効率的だった。しかし君たちとの対話に時間を使うこともまた有意義であると理解した』
「人間的なのか否かわからんな」
はジュリーやドニに比べれば表情の変化はないが感情はあるようだった。それも憑依者に影響されない、夜梟そのものの心。
『アレックスにもある。復讐で忘れているだけで……彼はとても優しい人間だ』
「だからヤツの執着を野狗子から自分に移そうってのか」
ブレイクの切り込んだ問いに夜梟の足が止まる。そしてこちらを向いてフッと笑った。
『卑怯な女だろう』
その返答は予想外だった。もっと自己犠牲や自罰的な感情、あるいは使命感だと思っていた。
まさかあの男に執着しているのはこいつの方なのか。
『一度私の全てを掌握され現世に留め置かれたのだ。次は私が彼を未来に連れて行く』
驚きを隠せないブレイクにおいと地を這う声がかけられる。