第1章 一
月命日に念仏を上げに来た僧は、ひときわ体が大きく、そして盲目であった。
*
その長屋の前を通る男達の声が、僧の耳にも入る。
「ここの未亡人がよ、すげぇいい女なんだよ」
「知ってらぁ。旦那がこないだ喧嘩で死んじまったってんだろう」
「ガキもいねぇらしいじゃねぇか。一体どんな観音様してんだろうなぁ、一ぺん拝んでみてぇもんだ」
「拝むだけじゃ済まねえだろうが」
昼間から下卑た話をしながら長屋の一間の前でげらげらと嗤っている男達を、その僧は視えぬ目でぎろりと睨む。
幾ら光の無い目とはいえ、その常人離れの巨躯をした僧に睨まれると輩のような男達もあっさりと黙り込んだ。
やがて男達の気配が消えるのを待ってから、僧はその長屋の戸口を引いた。
「失礼致す。念仏を上げに参った」
お待ちしておりました、という鈴を転がすような声が僧の耳に届いた。歳の頃はまだ若いのであろう。若い女特有の甘い匂いがその僧の鼻を擽ぐり、自身の着ているぺらぺらの安袈裟が恥ずかしいとさえ思った。
──この若さで未亡人とは、可哀想に。
その未亡人は信心深い女であった。亡くなった夫の不始末を嘆き、それでも「あの人は心根の優しい人でしたから」と言って僧に合わせて拙い念仏を唱えている。嗚呼、これこそ信心なのだ、と僧は思った。自身に出来ることを、出来る範囲で大切にすることこそが崇高なのだ、と。僧は自身の安衣を恥じた自分が浅ましいと思った。
質素な様子の一方で、仏壇はこの長屋にはおよそ似つかわしく無いほど立派であった。僧はおりんの響きでそれを察した。仏壇の細部にまで沁み渡るようなその音は、日々丁寧に手入れをされている立派な仏壇でしか聞くことが出来ないものだったのだ。