第1章 キミが泣いたあの日
トンッ…
『………』
放たれたトスが誰の手にも渡ることなく体育館の床に落ちた瞬間、それまでの喧騒が嘘のように静まり返った。果たして本当にそうだったのか自分の耳が音を受け付けなくなったのか、それは多分後者で私の体は魔法にかけられたかのようにその場から動けなくなった。
『…………』
目線の先の彼の背中はこの世の全てを拒絶するかのような刺々しいオーラを放ち、それでいてとても寂しそうでひどく痛々しかった。
そんな彼をこれ以上見ていることが出来なくなって、2階席の端にいた私はなんとかコートに背を向けた。
「うわっ、ごめん、だいじょ………えっ」
『……』
勢いよく振り返ったばっかりに、背後にいた男の人にぶつかって掛けていたサングラスがズレる。明るくクリアになったはずの視界、それなのに何故かその背の高い男の人の顔はぼやぼやと歪んでいて、そこで初めて自分が泣いていることを知った。
早くこの場から立ち去らなければ。
カチャカチャとサングラスを直して、私は走り出した。
「ちょ…ちょっとまって!」
あんな場所でサングラスを掛けているだけでも十分不審者なのに、さらにその不審者が泣いていただなんて、さぞかしあの男の人はドン引いたことだろう。でもそんなことはどうでもいい、二度と会うことのない人だ。
『…はぁ…はっ、』
どこに行きたいわけでもない、
ただただ頭にこびりついた先程の光景を振り切るように走った。
それからどれくらい走ったのか、
激しく息切れした私は、呼吸を整えながら目線を上げた。
まだ少し遠いけど、神社の鳥居が見える。
別にここに来たかったわけじゃないんだけどな
自虐気味に溜息を吐いてゆっくりと歩き出す。
『……あっつい』
ただでさえ走って汗をかいたのに、蝉の大合唱がうだるような暑さを増長させる。
大きな鳥居と40段ほどの石階段の目の前にきた。
──「飛雄、美里、鳥居をくぐる時は」
『…真ん中を通ってはいけない、んだったよね?一与さん』
大好きだった人の名前をボソリと呟いて、鳥居の端でぺこりと頭を下げてから1歩を踏み出す。